【局長通信】比々多の魅力発見散歩ツアー催行!!

今年は梅雨明けが記録的に早くて、6月末から猛烈な夏の日差しが降り注ぎ、この先どうなることやら心配されましたが、7月に入ったら「戻り梅雨」よろしく曇天や雨天が続き、ほっとひと息つける日々の中、皆様はお元気で日々お過ごしでしょうか?

さて、昨年春に、小田急電鉄さんと立ち上げましたが、コロナの急拡大で2回だけで中止された『名物ガイド志村さんと歩く‟伊勢原比々多の魅力発見散歩”』を、1年ぶりに催行いたしましたので報告いたします。

このツアーは県内随一の古墳密集地として、古来より歴史文化の花が開いてきた比々多地区の魅力を、ゆっくりと歩いて訪ねる歴史探訪ツアーとして企画したもので、今回の再開では市内唯一の蔵元である「吉川醸造」の見学を新たに加え、魅力度アップを図りました。

高曇りの天候にも恵まれた9日土曜日、伊勢原駅に集合された歴史好きの15名の参加者の皆様は、タクシーに分乗され石倉の史跡「浄業寺跡」から散歩のスタートです。

この寺は亡き夫、源頼朝の三回忌のために、建仁元(1201)年にあの北条政子が建立した寺で、15世紀には連歌中興の祖と言われる心敬がこの寺で没したと伝えられています。

その後江戸時代には黄檗宗の寺院として再興されるも明治になり再び荒廃し、明治末には山崩れにより伽藍と共に廃されたそうです。

今は鬱蒼とした竹藪のなかに黄檗宗の歴代住職の墓石が静かに佇むだけとなっております。

心敬塚にやって来ました。

最初に訪ねた浄業寺で文明7(1475)年に客死した心敬は、浄業寺の裏にあった古墳の傍に埋葬されたと伝えられ、何時しかその古墳は心敬塚古墳と呼ばれるようになりました。

連歌中興の祖として称えられる心敬の終焉の地を記念して地元の比々多観光振興会が建立したその記念碑にやって来ました。

遠く湘南の海まで見渡せる絶景に心が和みます。

心敬の代表歌『遠海を みどりによする 夏野哉』の情景がぴったりです。

埒面(らちめん)古墳です。

心敬塚を後にした一行は、地名「伯母様」の由来や、相模の国で一番美しいと評される「松山古墳」の遠望を楽しみ、さらに市内で最古の木造住宅「斎藤家住宅」など巡り、比々多神社の社殿が存立していた「比々多神社元宮」などの、歴史散歩の核心部を訪ね、いよいよ本日のメインイベントである「埒面古墳」を訪ねました。

 この古墳は大学の敷地内にあるため、普段は立ち入りが制限されて見学も叶いませんが、伊勢原市教育委員会の計らいにより特別に見学の許可をいただいた上に、更に文化財担当係長自らが石室内部に横たわる実演を交え、出土品の価値の高さから当地域を支配した最高権力者の古墳であるという熱弁を振るわれ、まさにVIP対応をしていただきました。

比々多神社正式参拝。

当地域のランドマークであり幾千年の歴史を刻む比々多神社に到着しました。

丁度設置されていた夏祓えの茅の輪をくぐって心身の穢れを祓い、本殿に登拝し神職による正式参拝を受けました。

参拝後神社の来歴や社殿の内部、更にお神輿などについて、また昼食後に見学した郷土博物館では、各古墳からの貴重な出土品なども宮司や名誉宮司の皆様が、自ら詳しい説明をしていただきました。

伊勢原のうまいもので昼食です。

比々多神社の参集殿をお借りして、伊勢原のうまいものが凝縮された特製弁当をご用意いたしました。

これは日本遺産の認定を受け伊勢原市の新たな名産品づくりに取り組んでいる「うまいもの創造委員会」の中で検討され、市内業者の手により「大山詣り弁当」の名前で商品化されたお弁当で、参加者にも概ね好評でした。

吉川醸造の蔵元見学。

県内に残る13蔵元の一つとして、市内で唯一大正元(1912)年の創業以来110年の時を刻んできた吉川醸造を、今回からツアー見学の眼玉として組み込ませていただきました。

近年、創業家から経営を引き継いだ現経営者が、従来の日本酒造りとは異なる新しい手法で酒造りに取り組んでいられるそうで、ツアー参加者の皆様も興味津々であります。

蔵元見学です。

吉川醸造の敷地内に湧き出る豊富な大山の伏流水を使って仕込まれる酒造りの過程を、杜氏さんから順を追って丁寧に説明いただきました。

特に麹室の内部にまで見学できたことに参加者の皆様は感激されていました。

見学後売店で自慢の日本酒を試飲され次々とお土産にお買い求められておりました。

吉川醸造の見学で『比々多の魅力発見散歩』も無事日程を終了した参加者ご一行様は、タクシーで伊勢原駅まで戻り、それぞれの家路へつかれました。

気温と湿度が高い中でのツアーでしたが、日本人の心のふるさとである比々多の豊かな里山の中で、悠久の歴史と文化を堪能された参加者の皆様は、きっと満足された一日をお過ごしいただけたものと思っております。